■ 今朝、畑で浮かんだこと by富良野のオダジー 2013年05月28日(火)

  82,951 byte先日紹介した、「アルミス 家庭用電動耕運機 耕す造 ATP-1000WR」を使って、畑の残り半分の畝(うね)作りを始めた。
私のやり方は、3本爪のクワ(「麓郷の森」から持ってきた)で、まず、畑の土を起す。それから“耕す造”で起した土を粉々にしている。これが、素晴らしい!けっこうな、快感だ。
“耕す造”がなければ、デコボコを平にならすのは大変だったと思う。やはり、最低限の道具や機械は必要だ。
明日の朝で、今年の畝作りは終了する予定。それと、今日これから、農協の資材部に行って、ビニールハウスの通路に敷くものとそれを留める鋲(びょう)を買ってくる。トマト農家さんのハウスにも敷いてあった。草を押さえ込むのと、靴が汚れないため?だと思う。
ただ、この敷ものもプロ用サイズで、100mと長い。でも、仕方がない。目指すはプロ仕様だ。
今朝、畑仕事をしている時に、ふと浮かんだことがある。
タイトルは、「バチの思想」から「成功の思想」へ。
オーバーなことが浮かんだものだ。
詳しくはその内、ちゃんとまとめるつもりだが、今日はその“さわり”。
今年の1月27日のワイワイ日記の下記がそのヒントになった。
『宅建試験の合格が自分の力だけではないような気がしていて、調子に乗って「よかった、よかった」と喜んでいたら、“バチ”が当たると思ったのだ。
それで、気を抜かないで、続けて何か役に立つ勉強をしようと思った。宅建試験で自分なりの勉強方法はつかんでいたので、その方法で進められる試験を探した。
すぐに、FP(ファイナンシャル・プランナー)資格が見つかった。宅建試験とも相性がいいし、今後の仕事にも役立ちそうだ。』
つまり、何事も「自分の力」だけでは成り立たないということを、まず実感すること。自分が頑張ったとか、怠けたとか、そういうことに拘るのではなく、いつも自分の力以外の力=仏様?=神様?=何かの力?(なんだっていい、とにかく人智を超えた力)があって、うまくいったり、失敗したりするということだ。
だから、結果そのものに一喜一憂することはない。結果の意味を考えるのだ。
うまくいったなりの意味、うまくいかなかったなりの意味。その意味を考えることが、バチの思想とも言える。
なんで、こんなことを書いてるかというと、『「今更!」と言われても、とにかく、やれるところまでやってみようと思う。人生はまだまだ長いのだ。それに、「来世(らいせ)」だってある。』とも、先のワイワイ日記に書いてある。
待てよ、来世(らいせ)だと、あくまでも自分だけの事になってしまう。よれより、来世のためを「若い人のため」にしたほうが、もっと生産的だと思ったのだ。
私のやってきたこと、やろうとしていること、そして「バチの思想」を若い人に伝えることで、少しでも若い人の役に立てればと。
あっそうだ、忘れるところだった。
“耕す造”はある程度(説明書では30分)続けて使っていると、電源がつかなくなる。モーターの焼き付き防止だと思うが、私には苦にならなかった。
“耕す造”が休んでいる時は、他の仕事をすればいい。すべては考え方次第だ。割りとすぐ“耕す造”はまた動き出した。
明日の朝も“耕す造”と共に、働きます!
 


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