■ フィニアス・ニューボーン・Jr.「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラヴ」 by富良野のオダジー 2007年11月10日(土)

  46,040 byte今日も寒い。今朝、ストーブに表示してある室内温度が7度だった。ついに、一桁になってしまった。そろそろ帰るとき、タイマーにセットしないと、植物が死んでしまうかもしれない。
気分的に、ストーブに薪を入れて、火をつけた。
「寒いときは、火の近くにいるだけで、幸せな気分になる」というフレーズが浮かんだ。何年か経って、誰もいないテーブルで、火を見ながら、コーヒーを飲んでいる、今朝の状況を懐かしく思い浮かべることになるような気がした。
“思い出”のような、淡い情景。
思い出なんて、別に海外旅行をしたりして、作るだけではなく、日常のちょっとした瞬間でも、忘れなれない情景を心に刻むことが出来る、なんてことを考えてしまった。
寒くなって、長い冬に向かうと、富良野の人は、どうでもよいことをついつい考えてしまうのでしょうか。(オレだけかッ!)

フィニアス・ニューボーン・Jr. Phineas Newborn Jr.(1931-1989)
1931年12月14日アメリカ、テネシー州生まれ。音楽一家に育ち、州立テネシー大学で音楽を学び、40年代の後半メンフィスで色々なバンドと仕事を始め、1956年ニューヨークに入り、アトランティックに「ヒア・イズ・フィニアス」を吹き込む。
アート・テイタム以降に現れた最高のピアニストとまで言われながら、持病ともいえる精神疾患のせいで、何度か演奏活動を中断している。
1964年の「ザ・ニューボーン・タッチ」を発表した後、療養生活に入ったが、1969年の「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラヴ」でカムバックした。
このアルバムの録音は1969年2月12〜13日の2日間で行われ、全部で15曲吹き込まれた。そのうちの8曲が「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラヴ」に収められ、残りの7曲は「ハーレム・ブルース」に収められた。
「ハーレム・ブルース」は、レコードで持っていて、私の大好きなピアノトリオの一枚だが、「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラヴ」は持っていなかった。たまたま、この前、「ハーレム・ブルース」を聞いたら、やっぱり良く、同じ録音のもう一枚「プリーズ・センド・ミー・サムワン・トゥ・ラヴ」も聞きたくなった。
ピアノトリオは、色々あるし、特に日本人はピアノトリオが好きだそうだが、このピアノトリオのアルバムは、最高だ。やっぱり、いいものはいい、ジャズピアノは、こうでなくては、と勝手に溜飲を下げた(聞きやすければ、すべてよし、というジャズピアノファンに対して・・・)。
他のメンバーだが、ベースはレイ・ブラウン、ドラムはエルビン・ジョーンズ。もちろん、フィニアスだけではなく、この二人も素晴らしい!
この後、また、療養生活に入り、1975年に「ソロピアノ」でカムバックし、亡くなるまでに何枚かアルバムを吹き込むが、私は、おそらく、この二枚がフィニアスのベストだと思っている。
 


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