★サウンド・オブ・サイレンス★

キャンサー(cancer、癌)という英単語を初めて覚えたのは、高校一年生の時である。高一の夏、ダスティ・ホフマン、キャサリン・ロス主演「卒業」を観た。
タイトルバックを含め、この映画で効果的に使われていた曲が、サウンド・オブ・サイレンスである。もちろん、あのサイモンとガーファンクルによる大ヒット曲である。
映画の封切りも、曲のヒットも今調べてみると、その数年前だから、リバイバルだったのだろうか。
英語の授業中だったか、友人との話だったか、誰に教えられたか今は覚えていないが、とにかくキャンサーと「卒業」が、頭の中で結びついている。
サウンド・オブ・サイレンスの一節、「静寂は癌のように拡がっていく(.....silence like a cancer grows)」、強烈な印象だったので、全文を訳し理解しようとしたが、当時の読解力では無理だったのを覚えている。
ただ英単語キャンサーの記憶だけを残したのは、ある意味ではその後のためによかったのかも知れない。


キャンサーの語源は、カニに由来する。
ドイツ語のクレープス(Krebs、癌)も同様である。癌(腫瘍)の周囲の血管が、カニの足のようになっているからだという説を聞いたことがある。実際、癌のある部の血管を撮す(血管造影)と、腫瘍の周りを取り囲むように血管の増生が見られ、カニが腫瘍の上に乗っているように見えないこともない(写真)。


この血管造影について、もう少し詳しく述べてみよう。癌に対して血管造影を行う目的は、大きく二つに分けられる。診断と治療である。
診断を目的とする場合は、腫瘍の存在の有無、腫瘍の占拠部位、腫瘍を栄養する血管の同定、周囲臓器・組織浸潤の有無を含めた手術適応の決定などである。また、治療を目的とする場合は、抗癌剤の動注(動脈内注入)、血管塞栓術などである。



癌を診断する画像検査としては、超音波検査、CT・MRI検査など外来でもできる簡単な検査も多いが、この血管造影は入院管理下ではないと施行できず、それ故、侵襲的検査と言われている。手技は、目的とする血管や部位・臓器によって異なるが、通常は大腿動脈や上腕動脈にカテーテルを挿入して行われる。
例えば肝臓癌の場合、カテーテルは、足の付け根の大腿動脈を穿刺して入れられる。この後カテーテルは、大腿動脈から大動脈、さらに腹腔動脈を経て肝動脈に達する。そこでカテーテルに造影剤を注入すると、肝臓癌の存在・部位、血管状態が分かるのである。
癌には、必ずそれを育てるための血管が存在し、それを栄養血管という。癌はそれ自体、発育・増大が無秩序で、かつ速く、多くの栄養を必要とするため血流も多い。従って血管造影後、この栄養血管を同定できた場合、カテーテルをこの血管に選択的に挿入し治療を行うことができる。
一つはこのカテーテルを通して抗癌剤を注入する方法で、最近ではリザーバーを皮下に埋め込んで、持続的に薬剤を注入する方法も行われている。
もう一つは、この栄養血管にゼラチンスポンジ、ステンレスコイル、塞栓剤などを注入し、血管を選択的に閉塞する動脈塞栓術である。血流を遮断し、腫瘍の栄養を絶つことにより、腫瘍を壊死状態に陥らせようとするものである。
ここ数年では、癌の非手術療法の中で、最も有効なものの一つと考えられている。


血管造影を施行中、造影剤が癌組織の中にサーッと拡大する瞬間、サウンド・オブ・サイレンスが頭の中で流れる医者は、世界広しといえどほかにはいないだろう。
不謹慎かも知れないが、高校生の頃からの付き合いであるので仕方がない。
医者になってからは、「静寂は癌のように拡がっていく」を逆手にとって、「癌は静かに静かに拡がっていく」を常に念頭に置き、音の出てこないうちの早期癌を発見しようと心掛けているので、お許しいただきたい。
サイモン&ガーファンクル/サウンド・オブ・サイレンス(紙) サイモン&ガーファンクル/エッセンシャル・サイモン&ガーファンクル



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