★アンドロメダ病原体★

学会帰りのJAS東京ー旭川便、座った席は出口通路を挟んだ禁煙席で、比較的混んでいたが隣は空席。 飛行機が離陸体勢に入りふと見上げると、向かい合った座席の美人スチュワーデスさんと目が合う。
ちょっとしたお見合い気分を楽しむも、交感神経の緊張を悟られないように慌てて目をそらす。 水平飛行に入って30分も経った頃か、機内アナウンスの声。
「お客様の中でお医者・・・」。
後部座席の乗客が具合悪いとのこと、映画・ドラマなどではよく見かける状況である。
最初にも断ったように、「学会帰り」である。
きっと他にも医者は居るはずだと、しばらく様子を伺うが誰も登場しない。
これはいかんと、通りがかりのお見合い相手に手を挙げる。
分娩間際の妊婦さん、瀕死の心臓発作・・・映画でよく見る場面が、やはり頭に浮かぶ。
「胸が苦しくて、息ができない。手の先がしびれて動かない」。
その乗客は、頻回の浅いため息をつくような呼吸の合間に、小さな声で訴えた。
診た限りは典型的な「過換気症候群」である。


過換気症候群とは、精神的不安・恐怖・極度の緊張などをきっかけにして起こる発作性の呼吸困難である。 異常に換気数が増加するため、体内の二酸化炭素が過剰に排出され、これにより動脈内の炭酸ガスが著明に低下する。
このため脳の血流の減少や血液のアルカリ化(アルカローシス)が起こり、この結果呼吸困難・動悸・手足のしびれ・筋肉けいれん・意識障害などの症状が出現する。
この乗客も、旅行疲れに加え、空飛ぶ金属の中で、極度の緊張を強いられたため発症したようである。


ここで、あのジュラシック・パークの作者、マイクル・クライトンによる初期の作品「アンドロメダ病原体」*の話である。
アリゾナ州の小さな田舎町に無人の衛星が落下する。その後、間もなく住人のほとんどが死んでしまう、ただ二人を残して。
その二人は、空腹のためか泣き続ける赤ん坊、もう一人は酒飲みの老人である。程なくプロジェクトチームは、地球外の未知の病原体によるものではないかという結論に達する。
それでは何故二名の生存者がいるのか。
コンピュータと最高頭脳の学者たちの検討が始まる...掟破りはしたくはないが、話の流れからいくと「過換気症候群」である。
そう、泣き続ける赤ん坊→過換気→血液のアルカリ化といった図式から、この病原体の感染には血液のペーハーが関与しているのでは?といった推論が生まれる。
それでは、もう一人の生存者は?・・・酒飲みの老人である、過換気の状態にはない、何故?・・・当然これ以上は書けない。
クライトンの本はよく読む、この本もお薦めである、映画にもなっているのでビデオでも観賞可能かと思う。


映画「アンドロメダ病原体」では、赤ん坊を可哀想に思った助手が、ミルクを与えようとする。その寸前「ミルクをやるな!赤ん坊は泣いたままにさせておけ」の声。
血液をアルカリのままにしておくことが最善と考えてのことである。
先の乗客の場合は、パニック状態なので早めにアルカリ化を改善さてあげなければならない。
早速近くの紙袋(機内の嘔吐袋)で口を塞ぎ、その状態で呼吸を続けさせる。
こうすると吐き出された二酸化炭素が、再び吸い込まれ、血液中の炭酸ガスが増え、代謝状態が改善に向かう。
これをペーパーバッグ法と言い、これと軽い精神安定剤投与も含め、患者さんの心配・不安をとってあげることが基本治療となる。
幸いなことにその乗客も速やかに回復し、比較的軽い発作と感謝された。
私と言えば、飛行機の降り際に、見合いの相手の顔に、いつもより多くの笑顔を見つけ、一人過換気になっていたのである。


*「アンドロメダ病原体」
マイクル・クライトン(朝倉久志訳)、早川書房
アンドロメダ病原体



戻る HOME