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ヘリオトロープ疹というものがある。原因不明の筋肉の炎症を来し、筋力低下(特に四肢)を主体として種々の随伴症状を呈する病気で、膠原病の一つ多発性筋炎に見られる発疹である。 多発性筋炎で、特徴的な皮膚病変を呈するときは、皮膚筋炎と呼ばれるため、この皮膚筋炎の所見として記載されることが多い。皮疹は、上眼瞼(まぶた)の紫紅色のむくみ生じ薄暗いところで蕁麻疹を見たような印象を与える。 全身性エリテマトーデス、慢性関節リウマチ、リウマチ熱、強皮症、多発性動脈炎などがあり、多発性筋炎・皮膚筋炎も先に述べた如く、この疾患群に含まれる。 この疾患には、 (一)発熱・体重減少などの全身症状を伴う、(二)複数の臓器が障害される、(三)再燃と緩解を繰り返す、 (四)免疫機構の異常がみられる、(五)遺伝的素因がある、 といった共通した特徴像がみられる。 しかし、各疾患でも特徴的な所見がある。 例えば、全身性エリテマトーデスでは、顔面の蝶形紅斑であり、この所見をみたらこの病気を先ず第一に疑わなければならない。その意味では、ヘリオトロープ疹イコール皮膚筋炎なのである。 医学用語では頻繁にカタカナが使用され、薬剤名や検査関係を別にすると、病気の名前や特徴的な所見などに使用される場合、その病気や所見を最初に記載した人の名やその特徴を表すギリシャ語やラテン語に由来することが多い。 学生時代、特に膠原病・免疫の類は、苦手にしていたこともあり、ヘリオトロープに関しては無警戒であった。したがって、何に由来しているかなどとは、考えたこともなかった。 恥ずかしい話、知らなかったのである。 ・・・こんどは三四郎のほうが香水の相談を受けた。いっこうわからない。ヘリオトロープと書いている瓶を持って、いいかげんに、これはどうですかと言うと、美禰子(みねこ)が、「それにしましょう」とすぐ きめた。・・・ もちろん「三四郎」の一節である。美禰子に対し、三四郎が恋愛感情を自覚しだした頃、頼まれて訳も分からず選んだ香水が「ヘリオトロープ」である。早速調べてみると、「ヘリオトロープ:ペルー原産のムラサキ科多年草で香水の原料」とある。知らないとは恐ろしいことである。当然、ヘリオトロープ疹は、その花の色からきたものに違いない。恥ずかしくて未だに誰にも聞けずにいるが、香水の分野に限らず、一般常識的なことなのだろうか。 その後富良野に来てもう十年以上経つが、ラベンダーをみる度にいつもヘリオトロープの言葉が思い浮かぶ。ラベンダーの花の色、その香りが、ヘリオトロープのそれと同一化させているのは、きっと苦い経験によるものだろうと自分では思っている。一度でも、ヘリオトロープの花を見、その香りを嗅ぐ機会があれば、この状況も打破できるのではと思っていた。 ・・・女は紙包みを懐へ入れた。その手を吾妻コートから出した時、白い手帛(ハンケチ)を持っていた。鼻のところへあてて、三四郎を見ている。手帛をかぐ様子でもある。やがて、その手を不意に延ばした。 手帛が三四 郎の顔の前へ来た。鋭い香りがぷんとする。「ヘリオトロープ」と女が静かに言った。・・・ 小説の終わり近く、最終的に三四郎が、別れを告げられる場面である。今回読み返して、「ヘリオトロープ」の言葉が印象的に使われているので、少しどきりとした 三四郎にとっても、ヘリオトロープは苦い思い出になったのであろう。このままその香りに触れないほうが良いのかも知れない、と最近は思っている。 |