★メドゥーサの頭★

 誰でもそうであろうが、小さいときの記憶で妙にはっきりとしている事柄がいくつかある。そのうちのひとつ。小学生の頃の夏休み、よく祖父のところに弟と2人で、(遙か紋別から汽車に乗って6時間!)札幌まで遊びに行ったものである。その時の記憶のひとつ。祖父に連れて行かれたデパートの小映画館(たぶん丸井デパートの何階かにあった?)、「妖女ゴーゴン」?・・・その姿を見た者を全て石に変えてしまう・・・といった題名の映画で、生まれて初めての字幕?映画である。何せ小学生の頃のことである”?”は、お許し頂きたい。今で言うホラー映画で、とても恐ろしかったことが鮮明に頭に焼き付いている。何故そんな映画を、それも小学生に観せたかどうか定かではないが、きっと祖父自身単に観たかっただけだろう・・・というのが真相だと思う。しかし、その「ゴーゴン」にまた出会うとは、思ってもいなかったが・・・


 ゴルゴン(Gorgon)、ギリシャ神話に登場する3人姉妹(ステノ、エウリュアレ、メドゥーサ)の怪物である。末娘のメドゥーサは、髪の毛が綺麗な美少女だったが、かの最高神ゼウスの頭から生まれたと言われる学問・知恵の女神アテナと美を争った結果、アテナの怒りを買い、美しい髪の毛1本1本蛇にされてしまい、顔も醜く変えられてしまう。そして、「その姿を見た者を石に変えてしまう」という魔力を持ってしまったのである。序でに言うと、英雄ペルセウスがこのメドゥーサの首を切り落として退治し、その傷口の胴から生まれたのが翼のある天馬ペガソス(ペガサス)である


 肝硬変は、様々な原因で慢性の肝細胞障害が持続することにより、線維化が進み肝臓全体がびまん性に硬くなった状態である。欧米ではアルコール性が多いが、アジアでは肝炎ウィルスによるものが大部分を占める。日本では、肝硬変の約8割が肝炎ウィルスの長期持続感染による肝炎の末期像と考えられており、現在では60%がC型肝炎ウィルス、20%がB型肝炎ウィルスによるとの統計もある。症状を見ると、初期は無症状に経過することが多いが、病状が進行するにつれ色々な症状が出現してくる。(1)皮膚のクモ状血管腫、(2)手掌紅斑、(3)女性化乳房、(4)全身倦怠感(疲れ易さ)、(5)黄疸、(6)皮下出血、(7)腹水による蛙腹、(8)食道静脈瘤による吐血、(9)腹壁皮下の静脈怒張、(10)脾腫、(11)肝性脳症などがそうである。このうち(9)が、臍を中心とした車輪のスポーク様の静脈拡張を示し、髪の毛が逆立ったメドゥーサを想像させることから、古くからメドゥーサの頭(caput medusae)と言われている。このメドゥーサの頭を含めて、上記の(6)〜(11)は主に門脈圧亢進を原因とする症状である。


 門脈は、同化・異化といった様々な化学処理を行う一大化学工場である肝臓に、そのもととなる栄養素を吸収した消化管からの血液を運び込む太い血管である。広範囲から集めた門脈血は、肝臓で化学処理された後、肝静脈から下大静脈を経て心臓に戻って行く。肝硬変となり肝臓が硬くなると、肝臓内の血液の流れが悪くなり、この結果集められた大量の血液が入り込めず、門脈の圧が高まってしまう。この状態が門脈圧亢進で、行き場を失った門脈血は何とか心臓に戻ろうとして、バイパス(側副血行路)を探すこととなる。そして、このバイパスのルートにより以下のような病態を引き起こすのである。
 (1)胃から食道を通るバイパスでは、通常は細い静脈に大量の血液が流入するため、静脈が腫れ胃静脈瘤や食道静脈瘤を形成する。胃に比べ食道の粘膜が薄いため、食道静脈瘤は破裂しやすく、吐血を来しやすく、致命的な結果を招くことがある。
 (2)分娩後閉塞する胎生期の臍静脈が、バイパス化すると臍を中心とした腹壁下の静脈怒張が起こり、先のメドゥーサの頭を呈する。
 (3)脾臓へのバイパスや脾臓から門脈に入る血液を受け入れられなくなるため、脾臓が腫れてくることは必発で(脾腫)である。このため脾臓の働きが亢進し(脾機能亢進症)、本来の古い血球を破壊する働きが正常血球にも及び、貧血(赤血球減少)・出血(血小板減少)・細菌感染(白血球減少)などの汎血球減少症による症状が見られる。
 (4)その他、直腸粘膜では痔核を形成するし、アンモニアやアミノ酸・脂肪酸などが肝臓で解毒されず直接下大静脈に入り脳に達すると、肝性脳症を引き起こし意識状態の低下を招くこともある。
 


 メドゥーサを退治したペルセウスは、その帰り道、海神ポセイドンの怒りを買い、岸壁につながれたエチオピア王ケフェウスの娘アンドロメダを救い妻としている。
このアンドロメダ(Andromeda)の名の由来は、ギリシャ語のアンドロス(男性)で、「男性(夫)に気を使う」女性という意味のようである。このアンドロスからは、男性ホルモンのアンドロジェン(androgen)やアンドロステロン(androsteron)も派生している。肝硬変の症状の一つ、(男性において乳房のしこりとして触れる)女性化乳房は、肝臓でのホルモン代謝異常により、女性ホルモン(エストロゲン)が優位になることによって起こり、男性ホルモンの欠落症状とは異なると言われている。・・・・・メドゥーサと話を繋げられると、ちょいと話がうますぎるのである。



*楽しい医学用語ものがたり : 星 和夫著 (医歯薬出版)



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