oB(オーべー)

 ある日の病棟での会話。
若い看護婦(カルテを見ながら):「先生、OB(オービー)ってどんな意味ですか?」
若い医者(何も考えず):「アウト・オブ・バウンズの略で、どう説明すれば分かるのかな・・・、ゴルフで打った球がコースを外れて林の中とか草むらの中に入ってしまうことかな。この場合2打罰になるのだけど、何でそんなこと聞くの?」
若い看護婦(不思議な表情で):「カルテに、腹部OBと書いてありますけど」
若い医者(振り返って):「えっ・・・!」
早く病棟勤務に慣れようとする真面目な新米看護婦と明日のゴルフのことばかり考えている新米ドクターの会話である。


 ここで真面目な看護婦さんが質問したOBとは、ドイツ語のohne Befundの略で、ohne(オーネ:〜なしに)Befund(ベフント:所見)と読んで、所見なしという意味となる。OBはオービーでなく「オーべー」と言うのが正確なのである。したがって、先の「腹部OB」の場合は、「腹部に所見なし」というカルテの記載事項となる。くどくなるが、この場合のOBはo.B.と略すのが正しい記載である。


 ohneは、先にも述べたとおりドイツ語の前置詞で、「〜なしに」という意味で英語のwithoutに相当する。ドイツ人とコーヒーを飲むとき、ohne Zucker(ツッカー:砂糖)と言うと「砂糖を入れないで」ということになり、ちょっとはドイツ語できるのかな?と相手を悩ますことができる。因みに、どうしても砂糖を入れたい人は、mit(ミット) Zuckerであるので、お間違いないように。
Nebenbei bemerkt(それはさておき)病気の話を・・・


  食中毒時期になると、最近いつも話題の中心になるのが、あのO-157(腸管出血性大腸菌)である。実際平成8年以降では、それ以前10年間に比し細菌性食中毒の発生件数、患者数、死亡者数が増加しており、言うまでもなくO-157による集団食中毒が日本各地で発生したことによるものである。細菌性食中毒を引き起こす菌のなかで、最も頻度が多いのはサルモネラ菌で、次いで腸炎ビブリオと病原性大腸菌が次席を争い、キャンピロバクターやブドウ球菌がこれに続いている状況である。しかし、O-157を含む病原性大腸菌の激増は、その治療の困難さや原因食品の判定などが相俟って、社会的問題にすらなっているのは衆知の如くである。


 O-157は、毒性の強いベロ毒素を放出し、溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併し、しばしば重篤化するため最も危険な菌と言われている。
「O-157」の「O(オー)」とは、「ohne Hauchbildung(曇りを生じない)」というドイツ語の頭文字に由来する。鞭毛(べんもう)を持つプロテウスなどの菌は、寒天培地の1カ所に植えて培養すると、鞭毛を活用し菌が遊走し寒天培地の一面に広がり全体を覆ってしまう。この状態が、ガラスに息(Hauch)を吹きかけたように曇って見えるため、ドイツ語でHauchbildungと呼んでいる。O-157の場合は、遊走能を欠くため、曇り(Hauchbildung)を生じない(ohne)ため、名前の由来となっている。決して「ゼロ・イチ・ゴ・ナナ」ではないのである。正確にはOの種類が、O-1からO-179まであるため、157番目ということで「オー・ヒャクゴジュウナナ」であるが、「オー・イチ・ゴ・ナナ」でも許してもらえそうである。


 本場ドイツでは、カルテ記載に際しo.B.とは略さないそうである。実際には、特記すべきことなしという意味で、unauffallig(2番目のaにはウムラウト・・が付く)を使用する場合が多いとのことである。カルテ開示も視野に入れなければと思いながら、英語もドイツ語も中途半端に覚え、怪しげな英語とドイツ語と日本語が混在するカルテを書いている私は、未だoBで、ohne Bedenken(何の考えもなしに)なのである。



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