★モンテ・クリスト伯症候群★

 よくある質問の一つ。
「無人島に本を持って行くとしたら、どの1冊?」
この場合、電波少年(日本テレビ)の無人島脱出シリーズで使われたような、無人島生活のためのバイブル本は選択肢に入れないことに暗黙の了解がある。
 私の現時点での回答は、ともにアレクサンドル・デュマ作の「ダルタニャン物語」と「モンテ・クリスト伯」のどちらかで悩んでいる。最終的には、これから読む本を含めて生涯最後の日に決めたいと思う。ただ問題が一つある。先の二つとも手持ちでは、ダルタニャン物語が講談社文庫で11巻、モン・クリスト伯は岩波文庫で全7巻である。無人島に行く前に、1冊本を探さなければならないのである。


 この「モンテ・クリスト伯」の中に、A・デュマの著作当時には、その病態さえ明らかにされていなかった病状の記述がある。デュマの死後100年ほど経った1966年に報告され、モンテクリスト伯症候群とも呼ばれるLocked-in症候群である。
 Locked-in症候群とは、意識や精神の状態が正常であるのにもかかわらず、動くことも話すこともできず(無動無言)、眼の開閉と眼球の上下運動のみが可能な状態であり、そのため意志の伝達は眼の動きとまばたきによってのみなされる。すなわち自発運動ができず、意識が鍵をかけて閉じ込められた(Locked-in)状態なのである。
 脳に血液を送る動脈には、大脳の大部分に分布する内頸動脈系と、脳幹部・小脳・後頭部にいく脳底動脈とがある。Locked-in症候群は、脳底動脈の異常により起こる。大部分は血栓による血流遮断(脳梗塞)によるが、出血や腫瘍、動脈瘤によることも稀にみられる。


 「モンテ・クリスト伯」では、どのように記述されているのだろう。
岩波文庫*では、第4巻の中ほどに、Locked-in症候群を呈しているノワルティ・ドゥ・ヴィルフォール氏について、その状態の記述が散見される。このノワルティ氏は、厳窟王エドモン・ダンテスを無実の罪と知りながら牢獄に閉じ込めた検事代理(後の検事総長)ヴィルフォール氏の父親である。

・・・・・もはや腕を動かすことも、声をたてることも、体を動かすこともできなくなっていた。だが、この力づよい眼ざしこそは、それらにじゅうぶんとってかわっているものだった。老人は、なにか命ずるにしても、礼をいうにしても、すべてこの眼によってやった。まさに、生きた眼をもつ死骸とでもいうようだった。・・・・・
・・・・・老人にとって、承知のときは眼をつぶってみせ、不承知のときは幾度かまばたきしてみせ、眼を上に向けるときはなにか頼みたいことがあることになっていた。・・・・・

 明らかにLocked-in症候群である。ただ、このノワルテイ氏の場合、原因は血管の破裂によるものであると、どこかに書いてあった記憶がある


  もう少しだけ「モンテ・クリスト伯」を探索すると、このノワルテイ氏と主にコンタクトをとっていたのが、孫娘ヴァランティーヌであることが分かる。デュマが最も愛情を込めて描いたと思われるこのヴァランティーヌ。ノワルティ老人とのコンタクト方法は、ある程度「眼の色をうかがう?」だけで済むようであるが、少し困難になると辞書を利用している。例えば、アルファベットを順に言い、相当する頭文字の了解が得られた後、辞書で単語を指で追いながら眼の合図を待つといった具合である。ヴァランティーヌのような賢い孫娘が居ない実際の現場でも、色々工夫はなされてきた。透明な板の「あいうえお表」を用い、双方向から指示棒と眼の動きを確認する方法などがそうである。その後まぶたの動きに連動して、画面上のワープロを操作するなどといったパソコン応用もなされていたはずであるが、民間レベルでは普及していないようである。
 そこで最近のニュースを一つ。最初新聞記事でも読んだが、偶然「ズームイン朝」と「ニュースステーション」で紹介された場にも遭遇した。兵庫県姫路市のソフトウェア会社が開発した機器で、人が何かを意識したときや興奮したときに発生する脳波(β波)を検出し、その信号を各種介護機器に送信し、操作するというものである。Locked-in症候群の場合特に有用だと考えられ、今後のさらなる改良や普及を期待したいものである。


 無人島脱出の「電波少年」も面白いが、やはり同じ時間帯では中田選手のペルージャをテレビで応援する。先週のセリエA最終戦は、優勝のかかったACミランとのA残留をかけた緊迫の一戦であった。試合終了前のサレルニターナの敗戦結果でペルージャの残留が決まり、スタジアム全体緊張の糸が切れたACミランの優勝シーンではあったが、それなりに楽しめた。中田選手も移籍の噂が絶えないものの、今少しペルージャで、ビッグクラブに立ち向かう姿を見てみたいもである。
 中田選手は知っているのだろうか? かのヴァランティーヌが、イタリア旅行をした時、ペルージャで初めてモンテクリスト伯(エドモン・ダンテス)と会っていることを。中田選手がペルージャに最初に足を踏み入れた100年以上も前に、「モンテ・クリスト伯」の物語はスタートしているのである。中田選手および中田ファン、そしてLocked-in症候群に関わっている全ての方々に、ヴァランティーヌに対するモンテクリスト伯最後の言葉を捧げる。

待て、しかして希望せよ!



 *モンテ・クリスト伯 : アレクサンドル・デュマ(山内義雄訳)、岩波書店



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