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人はなぜ追憶を語るのだろうか。 大学の頃、最初の2年間は医大寮に住んでいた。12名ほどのこぢんまりとした学生寮ではあるが・・・ 入学してどの位経った頃であろうか、その寮の仲間の一人が何かの拍子に言った言葉を今でも思い出す。 「ムスクルスステルノクライドマストイデウス」 何かの呪文でもない。解剖学用語で、ある筋肉のラテン語名だと言う。入学したての頃だから、もちろん解剖の講義が始まる前である。 「どうしてそんなこと知っている?」 「北杜夫の本に書いてあった。何でも解剖用語で一番長い単語みたいだ。だか ら、一番最初に覚えることにした」・・・・とのこと。 きっと、どくとるマンボウシリーズのどこかに書いてあったのだろうと、その場は納得したような記憶がある。高校の時は良く北杜夫は読んだものだが、心に刻むまでは至らなかった自分を情けなく思う・・・ことは勿論なかった。 ところで、そのムスクルス何とかかんとかというものは・・・
ムスクルス(筋肉)・ステルノ(胸骨)・クライド(鎖骨)・マストイデウス(乳様突起)ということで日本語では胸鎖乳突筋、胸骨および鎖骨端から出て乳様突起に付く頸部の筋肉の名称である(Musculus sternocleidmastoideus)。 人体の筋肉の名称は、一般にその形状(三角筋など)、大きさ(広背筋など)、走行(腹直筋など)、作用(拇指外転筋など)、筋頭の数(上腕二頭筋など)により由来する。そして、この筋のようにその付着部位により付けられることも多くみられる。 筋肉には、骨と骨の間に張られてその収縮や弛緩により身体の支持・運動を司る骨格筋、内臓器官の壁や血管壁、眼球の虹彩などを構成している平滑筋、心臓の働きを担う心筋と大きく三つに分けられる。心筋と平滑筋は自分の意思では調整できないので不随意筋と呼ばれる。逆に骨格筋は手足を思い通り動かしたりするときなどに働くため随意筋といわれる。骨格筋は、一つの骨から起こって二つ以上の他の骨につき、、関節の運動を調整しているため、その付着部位が重要であることもお分かりいただけるだろう。胸鎖乳突筋は、先に述べたごとく、胸骨・鎖骨から始まり側(後)頭部に向かって伸びる筋で、頷いたり、顎を挙げたり、首を回したりするときに働く。ためしに首を左に回すと右側の筋が突出するので、触ったり見たりして分かることが多い。因みに、肩こりや疲れなどのときに、マッサージやストレッチングの目安になる筋でもある。 人はなぜ追憶を語るのだろうか。
どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話 は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。・・・・・ 北杜夫の処女作「幽霊」*の冒頭の文章である。ちょいと気になったので、北杜夫の本を当たってみたが、どうもマンボウシリーズではなかったようである(確信はでできないが)。「幽霊」だったのである。 奇術の好きな叔父(医学生)が、主人公の少年に自分の首すじを指しながらいった言葉・・・ 「ここの筋肉は羅甸語でもやっぱり長い名前がついている。いいかね、ムスクルス・ステルノクライドマストイデウスというんだ」 これからも分かるとおり解剖用語で一番長い単語かどうかは定かではない。もちろん、それを確かめる元気もない。 しかし、追憶を語らずとも、明日への糧となるような言葉を最近見つけてしまった。
私立探偵アルバート・サムソンシリーズのマイケル・Z・リューインいわく・・・ ときには、人間は過去の追憶にふけらなければならないこともある。だが、新しいときを受け入れる用意をするためには、すぎさったときを忘れなければならない**。 ・・・牽強付会、完全にこじつけである。 *幽霊 : 北 杜夫、新潮文庫 **A型の女 : マイケル・Z・リューイン(石田善彦訳)、ハヤカワ文庫 |