★スズメバチの巣★

 
 昨年(2000年)は災難続きだった。3月に転んで右前腕を骨折してしまったことがその始まりである。以前雪道で転び肋骨を骨折した既往があるので、雪道歩行には随分気を付けていたのだが、今度はホテルの中で敷物と一緒に滑ってしまった。それも素面(しらふ)だから余計始末が悪い。思いっきり右手をついて転んだ瞬間、「ゴキッ」と骨の折れる音を聞いてしまった。何ともないだろうと淡い期待を抱きつつ会食を済ませ帰宅したが、その夜は痛みに耐えながら一睡もせず悶々と夜を明けるのを待った。こんなにも早く病院に行きたいと思ったことは、未だかって始めてであった。朝一番で先輩の整形外科医に電話し、橈骨骨折の診断。こんなに簡単に骨が折れるものだろうかと心配になり、ややしばらく経ってから骨塩定量までしてみたが、こちらは大丈夫であった。
 


 簡単に骨が折れる場合、一番危惧されるのはやはり骨粗鬆(そしょう)症の存在である。骨粗鬆症とは、骨の中のカルシウム、リン、タンパク質が減少するために、骨の密度(骨量)が少なくなり、骨が非常にもろくなる状態である。骨は身体の支持機能や筋肉の活動支点として、動いたり物を持ったりするために大切な役割を担っているが、もうひとつ重要な機能がある。それは、カルシウムの貯蔵庫としての働きである。カルシウムは、筋肉の活動や細胞の興奮時に必須のイオンで、各器官や臓器が正常に働くために、常に血液中で一定に保たれなければならない。このため血液中のカルシウムが不足してくると、骨は破骨細胞により溶解され(骨吸収)、血液中にカルシウムを補給するのである。逆に、カルシウムが足りてきたり、多くなりすぎた場合は、骨芽細胞が働いて、骨を補修するためにカルシウムが骨に取り込まれる(骨形成)現象が生ずる。このように、古くなった骨は壊され新しい骨がつくられるといった活発な代謝が、成人になっても繰り返えされているのである。しかしここで、カルシウム不足が続くと、骨の破壊が進み、補修もできないといった事態が慢性的に起こり、骨量が減り続けることになるのである。そうした状態の進んだものが骨粗鬆症で、骨がもろくなり折れやすくなる状態を引き起こすのである。  



・・・ホルモンの影響は大きい。女性にとってそれは天気のようなものだ。ホルモンは女性という惑星の表面を移動し、おだやかな天気にするかこごえるような寒さをもたらすか、嵐をおこすかをきめる。(パトリシア・コーンウェル「スズメバチの巣」)・・・

骨粗鬆症の原因は、カルシウム摂取量の不足などの栄養面に関わる部分の他に、ホルモン代謝にも密接に関係している。特に女性では、閉経後の発症率が高く、65歳以上の女性では、その半数に骨粗鬆症の存在があるというデータも見られる。
以前から女性ホルモンのエストロゲンには、体内でのカルシウム吸収を促進するビタミンDの代謝作用が知られていたが、最近では骨吸収を防ぎかつ骨形成を促す2つの働きを持つことも明らかになっている。これは、破骨細胞と骨芽細胞の両方に女性ホルモンの作用する場所(エストロゲン受容体)が存在し、骨代謝に積極的に関与していることで証明される。骨身を削って?働いてきたホルモンがその任務を解かれると、骨身が本当に削られてしまうのである。
 


 幸いなことに、骨粗鬆症もなかったためか、骨折は順調な経過で治った。リハビリのつもりでゴルフでもと思った矢先の6月某日、二つ目の災難が待っていた。スズメバチに刺されてしまったのである。それもインドアゴルフの練習場で。後で聞いた話、近くの中学校にススメバチの巣があったとのこと。別に巣に近寄ったわけでもなく、飛んでる蜂を刺激したわけでもないのに。小心者の医者としては、冷静さを装いながらも、慌てて自分の診療所に直行した。注射嫌いの医者としては、生まれて初めて自分で点滴針を刺してステロイドホルモンを注入し、ショックを免れた?という行動も、今では皆の話の種となっている。その夏、黒色を攻撃する性質を持つというスズメバチ対策のため、白色系の帽子と服装を迷わず選んだことは言うまでもない。



 「スズメバチの巣」は、検屍官シリーズで知られるP・コーンウェルのシリーズ以外の初の警察小説である。検屍官シリーズを離れて、同じような警察内部小説を書く意図があまり理解できないけれど、とやかく言う筋合いでもないのでコメントは差し控える。ただ、検屍官シリーズの10作目「警告」の最後で、主人公ケイ・スカーペッタが、犯人と格闘し左腕の肘を骨折して物語は終わっているのが気になる。そして最新作「審問」では、骨折した直後から物語が始まるという。痛みをこらえながら解剖をするのであろうか?まさかスズメバチには刺されないだろう!・・・これも余計なことである。
スズメバチの巣 警告 審問(上)



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