■ 身延山久遠寺 by富良野のオダジー 2011年05月30日(月)

  48,696 byte一度訪ねたいと思っていた身延山久遠寺に行くことが出来た。久遠寺は山梨県南巨摩郡身延町にある、日蓮宗の総本山(祖山)。
新宿から、直行のバスが出ていて、思ったより“ラク”に行けた。時間は3時間半。
久遠寺は、あいにくの雨だった。
もう、25年以上前だが、千葉県鴨川市にある、日蓮宗の大本山「清澄寺」には行ったことがあった。その時も雨だったが、ひんやりして、清められた空気に包まれている感覚があった。その感覚は、いまだに忘れられない。
清澄寺で感じたものを、やはり、久遠寺でも感じた。
以前にも書いたが、大学生時代に人に勧められて、偶然、法華経の本(入門書)を何冊か読んだ。富良野に戻ってきて、日蓮宗の「本要寺」の先代の斉藤住職に法華経を、これも偶然に教わり、最近は、現在の住職(同級生)に色々お世話になっている。
清澄寺は先代住職と、久遠寺は現住職と一緒だった。
日蓮宗とは、ただならぬ“縁”がありそうだ。
久遠寺について、調べてみた。

日蓮聖人は、文永11年(1274年)年5月17日、甲斐の国波木井(はきい)郷を治める地頭南部実長(さねなが)の招きにより身延山に入山し、西谷の地に草庵を構えた。弘安4年(1281年)年11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、自ら「身延山久遠寺」と命名した。
翌1282(弘安5)年9月8日、日蓮聖人は湯治療養と両親の墓参のために下山した。同年10月13日、武蔵の国池上(現在の東京都大田区)にてその61年の生涯を閉じた。
日蓮聖人の遺言「いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」に従い遺骨は身延山に祀られた。
日蓮聖人の入滅以来700有余年、法灯は綿々と絶えることなく、廟墓は歴代住職によって守護され、今日におよんでいる。
 


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