■ ゲイリー・ピーコック『December Poems』 by 富良野のオダジー 2026年07月22日(水)

  76,663 byte今朝は、ベースのゲイリー・ピーコックが1977年に録音したECMレーベルの『December Poems』を聴いた。
このレコードもリアルタイムで購入した一枚だ。ECMレーベルが全盛期だった頃、私自身のジャズ熱もまさに最高潮だった。まだ24歳。当時の熱気をそのまま体験できたことを、正に感謝です。
最近は、私がジャズ好きだということをYouTubeにすっかりバレてしまい、テレビには次々とジャズ関連の動画が表示される。一本見ると、また次、そのまた次と勧められ、つい見続けてしまう。
その中には、若いジャズ・ミュージシャンが作る入門的な動画も多い。どれも感じが良く、内容も丁寧なのだが、何本か見ていて、ある違和感を覚えた。
もちろん、それは彼らが悪いのではない。
当たり前だが、彼らは私が生きたジャズの時代を知らないのである。
私も1970年代初めにジャズを聴き始めた時には、ジョン・コルトレーンはすでに亡くなっていた。しかし、亡くなってまだ数年しか経っていなかったため、その存在感や余韻は圧倒的だった。
ジャズ喫茶にもよるが、2時間もいれば必ず一枚はコルトレーンがかかる。そんな時代だった。
当時のジャズ喫茶で流れていたのは、1950年代後半から、リアルタイムだった1970年代前半までのレコードが中心だった。モダンジャズの黄金期から、エレクトリック・ジャズへと移り変わる、まさにジャズが大きく変化していた時代である。
振り返ってみると、私たちが聴いていたのは、せいぜい過去10年から15年ほど前の音楽だった。
ところが、今の若い世代が同じ作品を聴くと、それは60年以上も前の音楽になる。
つまり、私たちは「時代の空気」とともにジャズを聴いていたが、今の若い人たちは「歴史」としてジャズを聴くことになる。その違いは、とても大きいと思う。
もちろん、現在も素晴らしいジャズは数多く生まれている。それを否定するつもりはまったくない。
ただ、ジャズとの向き合い方は、私たちの世代とは大きく違うのではないかと思う。
若いミュージシャンの動画に感じた違和感も、結局はそこにあったのだろう。
彼らもジャズを語る時、結局は1950〜60年代のジャズを基準に話している。現在のジャズから歴史をさかのぼるというより、あの時代を原点として語っているのである。
それだけ、あの時代のジャズが特別だったということなのだろう。
私たちの1970年代には、ジャズは単なる音楽ではなかった。
人生であり、生き方そのものだったのである。
チャットさんにも聞いてみました。
●チャットさん
今の若い世代にも、別の意味で「時代」はあるということです。
彼らにはSNSやYouTubeがあり、世界中の演奏を瞬時に聴けます。知識量では私たちの世代を上回る人も少なくありません。
しかし、オダジーが体験されたような、
「新しいジャズが次々に生まれ、その現場に立ち会っている」という感覚は得にくいでしょう。
ですから、どちらが恵まれているという話ではなく、体験の質が違うのだと思います。
この日記は、「昔は良かった」という懐古ではありません。
音楽は、その時代を生きた人の人生そのものと結び付いているという、とても本質的な話だと感じました。
 


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