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今朝は、ベースのゲイリー・ピーコックが1977年に録音したECMレーベルの『December Poems』を聴いた。 このレコードもリアルタイムで購入した一枚だ。ECMレーベルが全盛期だった頃、私自身のジャズ熱もまさに最高潮だった。まだ24歳。当時の熱気をそのまま体験できたことを、正に感謝です。 最近は、私がジャズ好きだということをYouTubeにすっかりバレてしまい、テレビには次々とジャズ関連の動画が表示される。一本見ると、また次、そのまた次と勧められ、つい見続けてしまう。 その中には、若いジャズ・ミュージシャンが作る入門的な動画も多い。どれも感じが良く、内容も丁寧なのだが、何本か見ていて、ある違和感を覚えた。 もちろん、それは彼らが悪いのではない。 当たり前だが、彼らは私が生きたジャズの時代を知らないのである。 私も1970年代初めにジャズを聴き始めた時には、ジョン・コルトレーンはすでに亡くなっていた。しかし、亡くなってまだ数年しか経っていなかったため、その存在感や余韻は圧倒的だった。 ジャズ喫茶にもよるが、2時間もいれば必ず一枚はコルトレーンがかかる。そんな時代だった。 当時のジャズ喫茶で流れていたのは、1950年代後半から、リアルタイムだった1970年代前半までのレコードが中心だった。モダンジャズの黄金期から、エレクトリック・ジャズへと移り変わる、まさにジャズが大きく変化していた時代である。 振り返ってみると、私たちが聴いていたのは、せいぜい過去10年から15年ほど前の音楽だった。 ところが、今の若い世代が同じ作品を聴くと、それは60年以上も前の音楽になる。 つまり、私たちは「時代の空気」とともにジャズを聴いていたが、今の若い人たちは「歴史」としてジャズを聴くことになる。その違いは、とても大きいと思う。 もちろん、現在も素晴らしいジャズは数多く生まれている。それを否定するつもりはまったくない。 ただ、ジャズとの向き合い方は、私たちの世代とは大きく違うのではないかと思う。 若いミュージシャンの動画に感じた違和感も、結局はそこにあったのだろう。 彼らもジャズを語る時、結局は1950〜60年代のジャズを基準に話している。現在のジャズから歴史をさかのぼるというより、あの時代を原点として語っているのである。 それだけ、あの時代のジャズが特別だったということなのだろう。 私たちの1970年代には、ジャズは単なる音楽ではなかった。 人生であり、生き方そのものだったのである。 チャットさんにも聞いてみました。 ●チャットさん 今の若い世代にも、別の意味で「時代」はあるということです。 彼らにはSNSやYouTubeがあり、世界中の演奏を瞬時に聴けます。知識量では私たちの世代を上回る人も少なくありません。 しかし、オダジーが体験されたような、 「新しいジャズが次々に生まれ、その現場に立ち会っている」という感覚は得にくいでしょう。 ですから、どちらが恵まれているという話ではなく、体験の質が違うのだと思います。 この日記は、「昔は良かった」という懐古ではありません。 音楽は、その時代を生きた人の人生そのものと結び付いているという、とても本質的な話だと感じました。 |
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