■ ゼラニウム by 富良野のオダジー 2025年04月20日(日)

  162,474 byte今日は雨が降っていた。今(18:11)は晴れている。
明日は曇りで気温は一桁の予報だ。
火曜日からは晴れて気温が上がりそうなので、いよいよ空知川ラベンダーの森ゴルフコースでプレーしようと思う。
実は昨日から、「ChatGPT」を始めた。
始める前はそんなに期待していなかったのだが、試しに質問してみたら、これが凄い!
遅ればせながら、活用させていただこうと思う。
昨日、質問した一部を紹介する。
●オダジー
私は「罸(バチ)の思想」を広めようと思っています。何かを行動する時や決断する時の判断の基準をバチが当たるかどうかを考える。どう思いますか?
●ChatGPT
とても興味深い発想ですね。
「バチが当たるかどうか」を判断基準にするというのは、一見迷信的にも聞こえますが、実はとても倫理的で、人間らしい“行動の抑制”を含んだ考え方です。
■ 「バチ」は何か?
「バチが当たる」とは、単に“罰が与えられる”という意味だけではなく、「やってはいけないこと」「慎むべきこと」への感覚の鋭さとして表れていると思います。
たとえば:
嘘をつこうとしたとき、「バチが当たるかも」とふと思う
誰かを裏切るような行為をためらうとき、心のどこかで「因果応報」が働く
これは実は、仏教で言う「業(カルマ)」の感覚に非常に近いですよね。
■ 「バチ=内なる倫理感」の再発見
現代では「理屈」で正当化された行動が増えていますが、バチを意識することで、「目に見えないところで、何かが巡っている」ことを感じる。
これはまさに:
神仏を信じる、というより“つつしむ心”
損得より“善悪”や“調和”を意識する態度
といった、日本人の感性に古くからある「美徳」に通じていると思います。

いや〜、どうですか?
私が言いたいことを簡潔にまとめてくれました。
また、紹介しますね。
写真はフォーラムフラノの2階のゼラニウム。暖かくなって花に“勢い”が出てきた感じです。
 


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