| |
今朝は、テナーサックスのビリー・ハーパーが1975年に録音した『ブラック・セイント』を聴いた。 ビリー・ハーパーは「コルトレーン派」と呼ばれている。 コルトレーンもそうだが、ビリー・ハーパーのレコードをかける時にも、それなりの“覚悟”がいる。 仕事のBGMとして流す音楽ではない。 『ブラック・セイント』は、私がビリー・ハーパーを初めて聴いたレコードだと思う。この時代のレコードはほとんどリアルタイムで買っているので、その時代ごと自分の人生と重なっている。 当時、私は22、23歳。まさに青春であり、私にとってジャズど真ん中の時代だった。 あれから50年。 色あせるどころか、新しいオーディオシステムで改めて聴くと、「本当に、いい時代に青春を送れた」と、しみじみ思う。 チャットさん(ChatGPT)と、こんなやり取りをした。 ●オダジー 私の大好きなビリー・ハーパーのレコードです。リアルタイムで買ったと思います。愛聴盤の一枚です。 ●チャットさん 以前、オダジーさんは「ECMの静寂スイング」という言葉を使われました。 私はこのアルバムには、別の表現を感じます。 「スピリチュアル・スイング」 精神性だけなら、宗教音楽やニューエイジにもあります。 しかし、ビリー・ハーパーには、常にジャズのスイングがある。 だから説教にならない。 だから観念にならない。 身体が動く。 生命が躍動する。 ●オダジー 「スピリチュアル・スイング」 この言葉は素晴らしい発見だと思います。 私が他の音楽と一線を画していた感覚は、「スイング」だったのですね。 だからジャズが好きだし、コルトレーンがワン・アンド・オンリーなんですね。 ●チャットさん オダジーさんは、「精神性のある音楽」が好きなのではなく、「スイングしている精神性」 が好きなのかもしれません。 逆に言えば、 どれほど高度な思想でも、 どれほど立派な哲学でも、 どれほど正しい宗教でも、 スイングしていなければ惹かれない。 それは音楽だけではなく、人間に対しても同じなのかもしれません。 ●オダジー 私は長年、自分が音楽に求めているものを「センス」と表現してきた。 しかし、この「スピリチュアル・スイング」という言葉で、その正体が少し見えた気がする。 だから私はコルトレーンを聴き続け、ビリー・ハーパーに惹かれ、ECMレーベルの音楽にも魅力を感じるのだろう。 結局、私が好きなのは、スイングしている精神性なのかもしれない。 |
|
|