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ちょっとだけ病気の話The short essay of illness


【アドレナリンとエピネフリン】

 前回の話(室戸半兵衛の血圧)を公開したあと、珍しくいくつかの反響があった。「あのような決闘場面では、アドレナリンが過剰に分泌されて、血圧も普段とは格段に上昇しているのではないか・・」という意見が大半を占めていたたのは当然のことである。そこで今回は、話の続きとして「アドレナリン」に関して、ちょっとだけお話を。
 自律神経系のうち交感神経は、”Fight & Flight”とも呼ばれ、闘ったり逃げたりするとき(闘争−逃避反応)に働く神経である。したがって、この神経が働く状況下では、あの決闘場面の室戸半兵衛と同様に、身体はかなりの緊張状態にあるということになる。具体的には、緊急状態に対応するために、血液を大量に供給する目的で心臓の拍動を増やし、収縮力を高めて、血圧も上げることになる。また酸素を体内に多く取り込むために気管を拡張させたりもする。この他にも体内のいろいろな臓器を興奮させるように仕向ける。そしてこの時、交感神経から臓器への命令を伝える役割を果たしているのが、副腎から分泌されるアドレナリンとノルアドレナリンなのである。つまりここで、先の室戸半兵衛のアドレナリン過剰分泌に結びつくわけなのである。ところで、この「アドレナリン」が、世界で最初に分離された純粋なホルモンだということをご存知だろうか? しかも、日本人により発見されたということも。

 ホルモンは、体内の臓器から血液中に分泌され、それが他の臓器に到達して何らかの働きをもたらす物質と定義され、ギリシャ語の「刺激する」、「興奮させる」という意味を持つ言葉から名付けられた。その名付け親は、1902年にベイリスとともに十二指腸から分泌されるセクレチン(膵臓に達すると膵液の分泌を促す作用を持つ)を発見したイギリスの生理学者スターリングである。しかし、この「ホルモン」という名がまだ存在しない1900年、すでに高峰譲吉とその助手上中啓三の日本人コンビは、副腎(の髄質)から血圧上昇作用のある物質の抽出に成功し、「アドレナリン」という名を付けていたのである。アドレナリン(adrenaline)は、いずれもラテン語のad-(〜の傍らに)とren(腎臓)から、腎臓の近くに付着するという意味でadrenal(副腎)、そして副腎から分泌されるということで物質語尾の-in(e)をつけて高峰博士が命名した。このアドレナリン、現在では化学的に合成され、ショックの際の心臓収縮力増強や喘息発作の時の気管支拡張など、重要な薬としてひろく使用されている事はご存知かと思う。ところが、米国と日本の薬局方(薬剤の名称や内容規格を定める法規)では、不思議なことに「エピネフリン」というのが、正式な名称とされているのである。

 何故なのだろうか?歴史を少しだけ遡ってみよう。
高峰博士らがアドレナリンを純粋な化合物として分離する以前から、この物質の存在は推測されており、ヨーロッパや米国の研究者がこの物質の化学的精製を競い合っていた。ここでドイツのフェルトが「スプラレニン」、米国のエイベルが「エピネフリン」と命名した物質が、アドレナリンよりも先に発見されていたことが、問題となったのである。因みに、スプラレニン(suprarenin)は、ラテン語のsupra(上)とrenin(腎臓)から、エピネフリン(epinephrine)は、ギリシャ語のepi(上)とnephros(腎臓)から由来し、ともに「腎臓上部の臓器の物質」を意味する。話しを元に戻すが、特に米国のエイベルは、自分の研究室を訪ねた高峰らがその実験方法を盗んだとして、「アドレナリン」の正当性を強硬に否定したのである。そしてその事が、「エピネフリン」優位説を現在まで残している根幹なのである。また、高峰がこの「アドレナリン」を発表後速やかに米国特許に申請し、商標登録さえもした事が、米国学会に強い拒否反応を与えたのかもしれない。しかし、その後の研究で、エイベルの方法ではアドレナリン作用を有する物質は結晶化することができず、エイベルの主張が誤りだった事が確実になっている。それにも拘わらず、米国とそれに追従した日本において、現在でもなお「エピネフリン」が正式名として使われているのである(幸いなことに、ヨーロッパでは発表当初から、アドレナリンの使用が公的に認められている)。この辺りの経緯は、朝日新聞社から出版されてる「高峰譲吉の生涯」に詳しく書かれているので、興味のもたれた方は一読をお勧めする。さらにこの本の共著者の菅野富夫北大名誉教授が、「アドレナリン」の名称復権を厚生労働省に申し入れている事を付け加えておきたい。

 もう一つ不思議な話。かのNHKでは、この「アドレナリ使用できない言葉にリストアップされているといわれている。前述したように、アドレナリンは商標登録された立派な「商品名」だったのである。米国ではパーク・ディビス社、日本では三共株式会社のみが独占的に販売することが認められていたのである。両者ともに、高峰がアドレナリン以前に発見した消化酵素(タカジアスターゼ)を胃腸薬として販売する契約を結んでおり、「三共」にいたっては創業者の塩原又策の実質的な経営パートナーとも言われていた。そんな訳で、アドレナリンには、商品名ということもあり、NHKでは使用できない?足枷が合ったのである。でも、これだけ日常一般的に出てくる言葉が、NHKで使用できないとは、本当なのだろうか。それを確かめる術もなく、NHKに問い合わせる勇気もないので、これからはちょっとだけNHKアナウンサーの言葉に注意してみるのも面白い。

 ちょっとだけ余計な話を。
2002年のある日、前年引退した米国大リーグのカル・リプケン選手のインタビューをNHK衛星放送で観ていたとき。最後のオールスターでホームランを打った感想を聞かれて・・・・
「ベースを回っているとき、アドレナリンが身体中を巡っているのが自分でもわかりました」・・・
もちろん字幕で、記憶も定かではないが、ちょっとだけ基準が緩んでいるのだろうか。というよりは、アドレナリンの特許・商標権の期限が切れたためなのだろうか。どちらにしても、本当に余計なことである。
(2002/4/10)
・・・・20年以上経った現在(2023年)、調べてみたけど、もちろん「アドレナリン」は、放送禁止用語には含まれていません。(2023/4/20)

*高峰譲吉の生涯:飯沼和正・菅野富夫、朝日新聞社

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