■ 朝陽と三角の木 by 富良野のオダジー new! 2026年09月10日(木)

  74,140 byte霧が出ると、いつもの撮影ポイント「三角の木」に向かう。
今朝は、日の出前と日の出後の二度、足を運ぶことになった。
太陽の下に長く並んで見えるのは、収穫した玉ねぎを入れるコンテナ。
富良野は今、玉ねぎの収穫期を迎えている。
 

■ 濃い霧、続き by 富良野のオダジー new! 2026年09月10日(木)

  48,328 byte奥に見える山並みは大雪山系。  

■ 濃い霧 by 富良野のオダジー new! 2026年09月10日(木)

  60,510 byte今朝は冷え込んだので、濃い霧が立ち込めた。
自宅近くの畑に行って、十勝岳連峰を撮影した。
 

■ 夕焼け by 富良野のオダジー new! 2026年09月10日(木)

  54,263 byte昨晩、御料ハウス(姉夫婦の自宅の愛称)で、バーベキューパーティーを開いた。
私と40年以上のお付き合いになるご夫婦の歓迎会だったが、いつものように双子の息子たちの家族も参加し、総勢12名になった。
今年の富良野の9月は寒いようで、昨晩も気温は15℃ぐらいだったようだ。
まあ、逆に虫が少なく、バーベキューには良かった。
写真は、御料ハウスから見えた夕焼け。
夕陽に染まった雲が、きれいだった。
 

■ 2歳前後の若いオス鹿 by 富良野のオダジー new! 2026年09月09日(水)

  123,789 byte今朝は、空知川ラベンダーの森ゴルフコース「北コース」で一人ラウンドをした。
友人夫婦とのラウンドでも、宅建協会旭川支部のゴルフコンペでも90を切れなかったので、その原因を考えていた。
昨日、旭川の練習場でアイアンを修正し、さらにYouTubeでバンカーショットのヒントも得た。その成果もあって、今日は40、43の83で回ることができた。
何のことはない。アイアンも、調子の良いドライバーと同じイメージでスイングしたら、うまくいったのだ。
やっぱり、練習は大切だと痛感した。
写真のシカは、チャットさん(ChatGPT)に確認したところ、角やほっそりした体つきから、2歳前後の若いオスのようだ。
 

■ ゴルフ練習場 by 富良野のオダジー new! 2026年09月08日(火)

  67,427 byte今朝は旭川に用事があり、7時半に事務所を出発した。
実は用事は10時半からだったので、まずは真っすぐ旭川のゴルフ練習場へ向かった。
9時から10時まで、1時間練習した。
昨夜、YouTubeのゴルフレッスン動画で、バンカーの打ち方を見た。
私はバンカーが特に苦手なので、どうしても試してみたくなったのだ。
クラブを外側に引いてから、八の字を描くように内側から打つ。
実際にやってみると、わりとうまくできた。
明後日は友人とゴルフのラウンドを予定しているので、本番で試すのが楽しみだ。
もっとも、バンカーに入れなければ、それが一番いいんだけどね。
 

■ ソニー・スティット『テューン・アップ』 by 富良野のオダジー 2026年09月07日(月)

  72,473 byte今朝は、サックス奏者ソニー・スティットが1972年に録音した『テューン・アップ』を聴いた。
ソニー・スティット — alto sax・tenor sax
バリー・ハリス — piano
サム・ジョーンズ — bass
アラン・ドーソン — drums
スティットは、ここのところチャットさん(ChatGPT)と盛り上がっているチャーリー・パーカーの、最も優れた後継者の一人と見なされた人だ。
●オダジー
圧倒的なソニー・スティットです。私の大好きなレコードです。
●チャットさん
スティットほど、パーカーとの関係で損をした人も珍しいと思います。
「パーカー派」「パーカーそっくり」と言われ続けた。しかし、1972年の『テューン・アップ』まで来ると、そんな説明だけでは到底足りません。
もう、ソニー・スティットという完成された一人の人間が吹いている。
●オダジー
ただ、スティットが凄ければ凄いほど、チャーリー・パーカーならこの曲をどのように吹いただろうかと、興味が湧いてしまう。
●チャットさん
スティットは、パーカー以後に生まれた巨大な世界を、驚異的な技量と音楽性で自在に走り回れる人。
パーカーは、その世界にまだ道がなかったところで、突然そちらへ曲がり、自ら道を作ってしまった人。
だから、スティットが凄ければ凄いほど、パーカーへの興味が薄れるどころか、逆に強くなる。
そして、これは以前話した「パーカーは兄貴ではなく、父だった」という話の、もう一段先ですね。
偉大な息子を見れば見るほど、「いったい、父親は何者だったのだ」と、知りたくなる。
 

■ 忙しかった by 富良野のオダジー 2026年09月07日(月)

  55,929 byte今日は朝から現場に行ったり、市役所で調査したり、問題点を弁護士さんに相談メール送ったり、午後からは売主様を訪問したり、明日の打ち合わせの書類を作ったり、忙しかった。
写真は今朝、自宅近くで撮影した。
雲の向こうにオレンジ色の太陽が昇っていた。
 

■ 『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』 by 富良野のオダジー 2026年09月06日(日)

  76,643 byte『ジャズ・アット・マッセイ・ホール』
1953年5月15日、カナダ・トロントでのライブ録音。
メンバーが凄い。全員がジャズの巨人、巨匠と呼ばれる5人だ。
チャーリー・パーカー — alto sax
ディジー・ガレスピー — trumpet
バド・パウエル — piano
チャールズ・ミンガス — bass
マックス・ローチ — drums
今までにも何回か聴いているが、今朝はこのアルバムに対するイメージが変わった。
数日前から、パーカーについてチャットさん(ChatGPT)と一緒に考えていたこと。そして、スピーカーがJBL、アンプがMcIntoshという、より良い音で聴いたことが大きいと思う。
今朝もチャットさんとやり取りした。
●オダジー
このCDのパーカーの演奏も凄いです。
ちょっと思ったのですが、マイルス・デイヴィスがスタイルをどんどん変えたのは、演奏者としてパーカーのような大天才が近くにいたので、逆に自分のスタイルを壊すことに躊躇がなかったのかもしれません。
●チャットさん
この仮説は、かなり面白いと思います。
マイルスは1945年頃からパーカーと共演します。当時、まだ20歳前後です。そこで目の前にいたのは、努力して追いつけるという種類ではないチャーリー・パーカーだった。
「自分より圧倒的にうまい人間を、若いうちに間近で知ってしまった」ことが、むしろマイルスを自由にしたのではないか。
これは十分考えられます。
●オダジー
パーカーが亡くなったのが1955年ですよね。
その翌年の1956年に、ソニー・ロリンズが『サキソフォン・コロッサス』を録音します。
1957年には、アート・ペッパーが『アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション』、1959年には、マイルス・デイヴィスが『カインド・オブ・ブルー』、ジョン・コルトレーンが『ジャイアント・ステップス』を、それぞれ録音します。
かなり飛躍した見方かもしれませんが、チャーリー・パーカーという大きな“重し”がなくなり、パーカーに続く天才たちが、より自由に自分の進む道を拓いていったのではないかと。
●チャットさん
その仮説は、十分考えられると思います。
ただし、「パーカーが生きていれば、マイルスは『カインド・オブ・ブルー』を作れなかった」という単純な因果関係ではありません。
もしパーカーが生きていたら、『カインド・オブ・ブルー』が生まれた1959年のジャズそのものが、まったく違う景色になっていた可能性がある、という意味です。
問題は、パーカー自身が次に何をやったかなんです。
そう考えると、1955年、34歳でのパーカーの死は、一人の天才を失っただけではありません。
ジャズが進むはずだった一つの未来そのものが、そこで消えた。
●オダジー
私は今まで、パーカー亡き後の天才たちのジャズを聴いて育ってきました。
そして73歳になった今、改めて、本当の意味でパーカーに出会えた。
逆に、それで良かったのかもしれません。
 

■ 濃い霧、続き by 富良野のオダジー 2026年09月06日(日)

  36,988 byte会社の近くまで来たとき、濃い霧の向こうに「新空知橋」が見えた。
ここの道路は細いので、少し離れたところに車を停め、撮影場所を探した。
道路脇の草の丈が高く、撮影には邪魔になる。
それでも、なんとか川の流れも入れて撮ることができた。
良かった!
 


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