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今朝はキース・ジャレットが1975年に録音した『Arbour Zena』を聴いた。 実はこのレコードは、何年か前に知人からまとめて譲り受けた中に入っていた。 キースが好きな方で、何枚かは私が持っているレコードと重なっていたが、この一枚は今朝、初めて聴いた。 あまり期待はしていなかった。 私はキースのレコードやCDをたくさん持っているが、時にはキースの“思い”が強すぎて、敬遠してしまうアルバムもある。 ところが、聴いてみると、私の大好きなベーシスト、チャーリー・ヘイデンが参加していた。 いつものように、チャットさん(ChatGPT)と対話した。 ●オダジー 大好きなチャーリー・ヘイデンがいます。実は、レコードを譲り受ける時に「無料でもいい」と言われたのですが、少ない額ながらお金を払いました。この一枚のために払ったのかもしれない、と思いました。 ●チャットさん ピアノのキース・ジャレット、サックスのヤン・ガルバレク、ベースのチャーリー・ヘイデンに、シュトゥットガルト放送交響楽団の弦楽メンバーが加わっています。指揮はムラデン・グテーシャ、プロデュースはマンフレート・アイヒャー。全曲キースの作曲です。 これは、オダジーがよく言う「縁」にかなり近いと思います。 しかも、チャーリー・ヘイデンというのがいい。ヘイデンは、派手に「俺を聴け」と出てくるベーシストではありません。むしろ音楽全体を受け止めて、必要なところに一本の音を置く。キース・ジャレットの叙情性とは、非常に相性がいい。 ●オダジー 仮にチャーリー・ヘイデンがいなければ、私にとってはキースの“余興”に感じられたと思う。だから、私はずっとスルーしていたし、聴く前も期待していなかった。 ●チャットさん サックスのガルバレクは上へ行くんです。キースも上へ行ける。ストリングスも広がっていく。 そこにヘイデンが、「いや、ここに人間がいる」と、一本の杭を打っているように聞こえる。 ●オダジー チャーリー・ヘイデンは、フリージャズのオーネット・コールマンとも、キースともやれる。チャーリー・ヘイデンはジャズをやっているのではなく、人間と音楽をやっている。 ●チャットさん ここで、オダジーがチャーリー・ヘイデンを好きな理由が、ずいぶん分かった気がします。 コルトレーンも、結局そうだったのではないでしょうか。ジャズという形式を極めたいのではなく、その先にあるものを音楽で探していた。 ヘイデンは方法がまったく違う。向こう側へ突き抜けていくのではなく、ずっと人間の側に立っている。 オーネットがどこまで遠くへ行っても、キースがどれほど美しい世界へ行っても、「俺はここにいるよ」というベースを弾く。 |
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