■ 上富良野続き by富良野のオダジー 2011年06月11日(土)

  40,644 byteこの写真も同じ日、旭川へ向かうルートからのもの。
トラクターがいいところにいてくれた。
この二本の木はサクラだ。
サクラの花が満開の時に撮りたかったが、チャンスがなかった。
来年こそ!
 

■ いつもの上富良野続き by富良野のオダジー 2011年06月11日(土)

  46,799 byte前の写真と同じ場所で、カメラをちょっと左に向けると、この写真になった。
人が入ると、全然違う雰囲気になるね。
 

■ また、いつもの上富良野 by富良野のオダジー 2011年06月11日(土)

  40,128 byte8日に、旭川で印刷物制作の打ち合わせがあり、いつもの“気持ちのいい”道を通った。
陽の加減も良く、この時期としては、ベストの状況だったと思う。
ここは、ベストでなくても、いつでもそれなりにグッとくる場所だ。何かが、住んでいるのだろうか?
それとも、私と何かのつながりがあるのかもしれない。(久しぶりに、オーバーな考えか)
まあ、ただ単に写真になる場所ということだろう。
寄っても(アップでも)、引いても、いい感じだ。
なんと言っても、用事に行く途中の、“道端”からの眺めなのだ。言ってしまえば、そこら辺の景色だ。
富良野に住んでいて、救われるのは、日常にこのような風景を目に出来る事だ。
これは、ありがたい!
 

■ 富良野農場・御料 by富良野のオダジー 2011年06月06日(月)

  64,579 byte天香園の岡田専務が先月の下旬に来て、富良野農場・麓郷で育てていたサクランボを御料(ごりょう)に移植した。
御料の畑は、フォーラムフラノから約4.5kmの距離で、新富良野プリンスホテルからは、もっと近い。(2.5kmぐらいか)
つまり、サクランボ狩りなどが楽しめる、観光果樹園には最適の場所に位置する。
富良野農場・麓郷には、色々な種類のサクランボの木を植えていたが、その中から富良野の環境にあっているもの(特に育ちの良い木)を約300本御料に持ってきた。
ただ、今年の春は雨続きで、トラクターが入れず、畑を耕す時期が遅れた。耕してから、移植するので、最適な移植の時期がズレてしまった。
「根がうまく付いてくれればいいが、ちょっと難しいかもしれない」と、岡田専務。
私が、心配そうな顔をしていたら、「枯れたら、また、植えればいい」と事も無げに言う。
そりゃ、麓郷の畑には、まだサクランボの木は沢山あるが、私としては、是非、根を張ってほしい。
移植してから、ずっと晴れの日が続いていたが、一昨日に少しまとまって雨が降り、さっきも降った。
サクランボの根が、この雨をよろこんでいることを祈る。
移植が成功したかどうかが分かるのは、いつ頃になるのだろう。
とりあえず、出来る限り、畑に足を運ぼうと思う。
写真は、昨日撮ったもの。
奥に見える山は、芦別岳。ここからの眺めも、素晴らしい!
 

■ 富良野農場・麓郷 by富良野のオダジー 2011年06月03日(金)

  77,097 byte昨日の富良野農場・麓郷のサクランボの花と前富良野岳のツーショット。(こういうのは、ツーショットとは言わないか)
景色のいい富良野でも、ここの眺めはかなり上位にランクされると思う。
雄大な前富良野岳をバックに佇む、可憐なサクランボたち。
正に、富良野のイメージにぴったり。
後は、美味しい果実をつけてくれれば、最高だ。ねっ!
 

■ ワスレナグサ? by富良野のオダジー 2011年06月03日(金)

  63,334 byteこれも、麓郷街道で撮ったもの。
ネットで調べたが、ワスレナグサだと思う。

ワスレナグサ(勿忘草、忘れな草)について
●広義には、ムラサキ科ワスレナグサ属の種の総称。狭義には、ワスレナグサ属の一種、シンワスレナグサ(学名:Myosotis scorpioides)の和名。
●名前の由来は、中世ドイツの悲恋伝説に登場する主人公の言葉に因むと言われている。
●英名も直訳の「フォーゲット・ミー・ノッ(Forget-me-not)」である。
●花言葉は「真実の愛」「私を忘れないで下さい」。

ここまで書いて、写真がワスレナグサでなかったら、どうしょう?
 

■ オオバナノエンレイソウ by富良野のオダジー 2011年06月03日(金)

  96,028 byte5月31日、麓郷街道で撮影した、オオバナノエンレイソウ。
昨年もおそらく同じ場所で撮ったと思うが、やはり、群生しているとうれしくなる。
「富良野農場・麓郷」のサクランボの花も咲いてきたし、麓郷に向かう回数が増えそうだ。
これからも、麓郷街道の草花を紹介します。
 

■ 身延山久遠寺 by富良野のオダジー 2011年05月30日(月)

  48,696 byte一度訪ねたいと思っていた身延山久遠寺に行くことが出来た。久遠寺は山梨県南巨摩郡身延町にある、日蓮宗の総本山(祖山)。
新宿から、直行のバスが出ていて、思ったより“ラク”に行けた。時間は3時間半。
久遠寺は、あいにくの雨だった。
もう、25年以上前だが、千葉県鴨川市にある、日蓮宗の大本山「清澄寺」には行ったことがあった。その時も雨だったが、ひんやりして、清められた空気に包まれている感覚があった。その感覚は、いまだに忘れられない。
清澄寺で感じたものを、やはり、久遠寺でも感じた。
以前にも書いたが、大学生時代に人に勧められて、偶然、法華経の本(入門書)を何冊か読んだ。富良野に戻ってきて、日蓮宗の「本要寺」の先代の斉藤住職に法華経を、これも偶然に教わり、最近は、現在の住職(同級生)に色々お世話になっている。
清澄寺は先代住職と、久遠寺は現住職と一緒だった。
日蓮宗とは、ただならぬ“縁”がありそうだ。
久遠寺について、調べてみた。

日蓮聖人は、文永11年(1274年)年5月17日、甲斐の国波木井(はきい)郷を治める地頭南部実長(さねなが)の招きにより身延山に入山し、西谷の地に草庵を構えた。弘安4年(1281年)年11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、自ら「身延山久遠寺」と命名した。
翌1282(弘安5)年9月8日、日蓮聖人は湯治療養と両親の墓参のために下山した。同年10月13日、武蔵の国池上(現在の東京都大田区)にてその61年の生涯を閉じた。
日蓮聖人の遺言「いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」に従い遺骨は身延山に祀られた。
日蓮聖人の入滅以来700有余年、法灯は綿々と絶えることなく、廟墓は歴代住職によって守護され、今日におよんでいる。
 

■ いつもの空知川 by富良野のオダジー 2011年05月24日(火)

  70,606 byte天気が良かったので、自宅のすぐ近くの、いつもの空知川に行ってみた。
今までとは違うアングルになった。
けっこう、気に入っている。
 

■ 麓郷街道のサクラ by富良野のオダジー 2011年05月24日(火)

  73,386 byte昨日は、寒かったが、今日は暖かい。
何日か前に、麓郷街道のサクラは満開になったと知らされたが、タイミングが合わず、行けなかった。
昨日と今日、通ったのだが、やはり、だいぶ散っていた。
せっかくだから、写真に撮った。
来年のためということもある。「昨年の満開は、20日ぐらいだったんだろうなぁ」と。
サクラの開花は、年によって全然違うのだ。
 


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