■ 生まれて、初めて by富良野のオダジー 2010年12月25日(土)

  51,089 byte夕方前、会社の用事を足しに、妻と一緒に出かけた。
用事が終わって戻ろうとした時、私の頭に「そうだ、タコちゃんの店に年末のご挨拶に寄っていこう」と、浮かんだ。
店の近くだったこともあるが、浮かんだことはなるべく実行するようにしているので、店に向かった。
こういう時は、特に安全運転を心がける。
と、いうのは、意識しないで浮かんだことは、もしかして、何か“善”のシグナル(虫の知らせ?)かもしれないと思うからだ。
特別良い事が起こらなくても、そのまま、戻っていたら、事故に遭っていたとか・・・。
浮かんだことで、逆に事故にでもなったら、そう思ったことは無いが、“悪”のシグナルになってしまうので、超安全運転をするのだ。
事故も無く、無事にタコちゃんの店、おでんCafe「ひるの月(つき)」に着いた。
相変わらず、タコちゃんは、元気いっぱいだ。元気な人を見るのは、ホントに気持ちがいい。うれしくなる。
写真は店にあった「金のなる木」。
なんと!5円玉が、何個も葉の中にある。
金のなる木は、今までも見たことがあるが、こんなに大きい、しかも5円玉をいっぱいはめ込んだのを見るのは、生まれて初めてだ。
それを言うと、タコちゃんも、妻も「オーバーなっ!」と、笑っていた。
調べてみると、『カゲツ(花月)、科名:ベンケイソウ科。原産地は南アフリカの多肉植物。茎に5円玉をはめて、「金のなる木」のニックネームで市販されることもあります。』と出ていた。
う〜ん、5円玉は割りと一般的なことなのか。
でも、私は、生まれて初めて見たのだ。
ついでに、「生まれて初めて」つながりの話。
実は、私は漬物の「ニシン漬け」が大好きで、生まれてこのかた、ずっと食べてきた。キャベツも好きだが、それ以上にダイコンが好きだ。結果的に、先にダイコンが全部無くなり、残ったキャベツを後から食べることになる。
でも、ニシン漬けの味付けの主役である、ニシンを干して作った、身欠き(みがき)ニシンは、今まで食べたことがなかった。
2、3日前、なんか気が向いて、生まれて初めて、その身欠きニシンを食べた。
生まれて初めてのことって、けっこう、あるよね。ねっ。
仕事の途中ということもあって、おでん&ビールは我慢して、コーヒーと、南富良野のパン屋さん「Fortune Bagels」のベーグルを頂いた。
あ〜、美味しかった。
 

■ クリスマス by富良野のオダジー 2010年12月25日(土)

  28,730 byteクリスマスである。
富良野は雪がちらつく、ホワイトクリスマス。
昼過ぎに、友人宅に用事があって寄ったら、ケーキが出てきた。
「昨日のクリスマスケーキの余りで、申し訳ないけど・・・」と、奥さん。
「いや〜、昨日クリスマスケーキを食べてないので、うれしいです」と、私。
すると友人が、昨夜、クリスマスケーキが4つも集まって、人にあげたそうで、「お前にあげれば良かった」と、のたまう。(来年は、電話してね)
写真は今朝の出勤途中のもの。
もう雪が積もっているのに、何のためのハウスだろうと思って、撮影した。
近々、誰かに聞いてみようと思う。(知らないことが多いねぇ)
「バチの思想」のメモの続き。
●勝ち抜くための「教訓、知恵、思想」ではなく、負けても生きていける「教訓、知恵、思想」。
・長いものには、巻かれろ。
・とりあえず、金持ち、エライ人には頭をさげろ。
・負けるが勝ち。
・自分が誰かの役に立つポジション(居場所)を探せ。
・出る杭は打たれる。
・調子に乗るな(好事魔多し)。
・頭を下げるのは、タダ。
・すべてうまくいっている人を見たことがない。
子供の頃から、親に言われていたことを考えると、どうも勝ち抜くためのことではなく、負けることが前提のことが多いようだ。
これは、良かったと思っている。
だって、勝ち抜ける確率なんて、ホントに低いからだ。ほとんどの人間は、負けながら、生きていくことになる。
負けても生きていける、「教訓、知恵、思想」の方が必要なのだ。
逆に、それが徹底できると、勝ち抜けることも可能になるような気もする。そういう意味では、負けても、勝っても、どちらにも通用するものなのかもしれない。
 

■ ストーブ by富良野のオダジー 2010年12月23日(木)

  31,735 byteと、いうことで、ストーブに火をつけた。
まあ、炎は、見ていて飽きない。
見ているだけで、ゆったりした気分になれる。
「あっ、そうか!」
煙突掃除モードになったのは、この時間に浸りたかったからか。
そう言えば、ここ何年かは、この時期に、ストーブの炎を見ながら、コーヒーを飲みながら、ジャズを聞きながら、ボッーと外の雪景色を眺めていた。
色々ありながらも、開店前のほんの少しの間、至福の時間を過ごしていたのだ。
あ、良かった。
煙突掃除のお陰で、朝の楽しみが出来た。明日から、早起きをして、早めに、フォーラムフラノに来よう。
「バチの思想」の続きも少し。
バチの思想で言いたいことは、悪いことをしたからバチが当たるので、悪いことは止めましょう、という単純なことではない。
第一、何が悪いことかも分からないし、善悪の絶対的な基準がある訳でもない。いや、むしろ、見る側(立場)によって、善になったりも、悪になったりもする。
人のために良かれと思ってやったことが、結果として、悪くなるなんてことは、ザラにある。
ただ、個人的には、理屈や理論でもなく、他人にも言えないが、「それは、ダメでしょう」と思うことはある。
「それをやっちゃ、ダメでしょう」と。でも、そのことが世の中では、絶賛されることだってある。
繰り返しになるが、バチの思想は、とりあえず、個人的に考えることから始める。
他人がどう考えようが、世の中がどうであろうが、関係ない。
自分の相手は、あくまでも、「自分」であり、「お天道様」であり、「神様、仏様」なのだ。
まあ、少しずつ、少しずつ、進めましよう。
 

■ 煙突掃除 by富良野のオダジー 2010年12月23日(木)

  39,324 byte今朝も、そんなに激しくないが、雪が降っている。
ずっと気になっていた、フォーラムフラノのストーブ。何を気になっていたかというと、薪はけっこうあるし、寒い日もあったので、ストーブを燃やしたい。それには、煙突掃除をしなければならない。
煤(すす)が溜まっていることもあるが、夏に、煙突から鳥がおっこちてきて、ストーブの中でバタバタしていたことがあった。
もしかしたら、煙突の上のどこかで巣を作っているかもしれない。
ありがたいことに、今日の寝起きに、「煙突掃除をしょう!」という煙突掃除テンションが湧いてきた。(不思議だが、こういうことがたまにある。突然、テンションが上がるのだ)
早速、汚れても良い服に着替えて、煙突掃除の道具を持って、フォーラムフラノへ。
幸い、鳥の巣はなく、煤の量も少なかった。
 

■ 山下洋輔「ピアノ弾き即興人生」 by富良野のオダジー 2010年12月21日(火)

  43,666 byte今朝も少し雪が積もっていた。
たいしたことがないと、雪かきを始めたら、これがけっこう重い雪で、あ〜、疲れた。
自宅と工場のまわり、フォーラムフラノのテラス、除雪するところはふんだんにある。
もちろん、妻のほうが私より早く起きて、せっせと始めていた。
昨日の「他人は誤魔化せても、自分は誤魔化せない」のコメントである。
この言葉は単純に、他人は自分のすべてを見たり、知ったり出来ないが、自分は自分のことだから、自分のことはすべてお見通しだから、自分は誤魔化せない、という感じだと思う。
こんな当たり前のことと、「バチの思想」の接点はどこにあるのか。
次に続く言葉として、「お天道様が見ている」「神様、仏様が見ている」が出てくる。
つまり、仮に、自分を誤魔化したとしても、お天道様、神様、仏様は、誤魔化せない。つまり、他人も、自分も、誤魔化せても、悪いことをしたら、バチが当たってしまう。つまり(つまりが多い!)、悪いことや、間違ったことをしたら、素直に「ゴメンと、謝りましょう!」ということだ。
どんな言い訳をしても、自分は誤魔化せないし、誤魔化せたとしても、バチが当たる。
もう一歩進めると、実は、他人も誤魔化されたフリをしているだけかもしれないし、自分が自分を誤魔化していることに気付かないこともある。
それは、私も認める。
だから、バチが必要なのだ。
「あれっ、これって、バチが当たったのかもしれない。どのことだろう。あのことかなぁ、それとも、このことかなぁ・・・」が、大切なことなのだ。
いつも、バチのことを考えるのは、実は、自分のことを考えることなのだ。(今度は、なのだ、かっ)
つまり、バチの思想の根本は、あくまで個人的なことで、他人や世間の善悪基準やものの価値観ではなく、自分にとってバチが当たるか、どうか、なのだ。
今日は、ここまで!
山下洋輔著の「ピアノ弾き即興人生」を読んだ。
またしても、アマゾンにやられた。
アマゾンのおすすめのメールかなにかで、この本を紹介されたのだ。おそらく、アマゾンは私以外で一番私の嗜好性を知っている。
私がどんなことに興味があり、どんな性向があるか、すべて分かっている。その時々で私の興味は変わり、忘れてしまったことまで、アマゾンは忘れない。としたら、私以上に知っている可能性が高い。
今までも、かなりの確率で、アマゾンにやられている。
山下洋輔の本を読むのは、ホントに久し振りだった。
ちょっとネットを調べると、「ピアニストを笑え!」「ピアノ弾き翔んだ」「ピアノ弾きよじれ旅」「風雲ジャズ帖」などが読んだ気がする。1970年の終わりから1980年の初めに出版されたものだ。おそらく30年振りということになる。
あの頃を思い出すと、椎名誠、南伸坊、篠原勝之、伊丹十三、東海林さだおなどの名前が出てくる。「本の雑誌」「話の特集」だな、中心だったのは。
山下洋輔である。
なんか、やっぱり、うれしい。
昔から知っている、私より年上の方が、全然変わらず、むしろパワーアップして活躍しているのは、やっぱり、うれしいし、励みになる。
本を読みながら、聞きたくなったCDがいっぱいある。
何枚かは買ってみようと思う。
山下洋輔のアルバムはパッと思い出すだけだと、3枚しかもっていない。
ただ、「砂山」のB面の「うさぎのダンス」は大好きで、何年かに一度、定期的に聞きたくなる。
エネルギーの爆発とみなぎる緊張感。
聞き易いし、フリージャズの“意味”が、「なるほど!」と、理解できると思う。
 

■ バチの思想 by富良野のオダジー 2010年12月20日(月)

  17,661 byteちょっと雪が降ってきた。
フォーラムフラノの駐車場を照らすライト。
昨年もこんなような写真撮ったと思う。一年に一度は、撮りたくなるシチュエーションなのかもしれない。(何か撮らなくてはならないときの、苦し紛れ?)
「バチの思想」を書こうと思ってから、もう2、3年は経っているはずだ。
昨日の夜、フッと思い立った。
今までメモしてある言葉を紹介して、それにコメントをつけるワイワイ日記って、どうだろう、と。
書くことが無いとき(今日だが)、こういうときに、穴埋め的に書こう、と。
●今日の言葉
「他人は誤魔化せても、自分は誤魔化せない」
ああ、時間切れだ。
コメントは、明日以降に。
 

■ 麓郷の森 by富良野のオダジー 2010年12月19日(日)

  100,388 byte今朝の麓郷の森は、こんな感じだ。
やわらかい光が木々の間に射しこんでいた。
森の中は、雪一色になった。
 

■ 雪は一休みか by富良野のオダジー 2010年12月19日(日)

  33,548 byte今日は雪が降らなかった。
昨日の雪で、スキー場の状態はかなり良くなったと思う。スキー帰りにフォーラムフラノに寄ってくれたお客さんが、「新雪が最高だった」と言っていたそうだ。(妻情報)
スキー場のためには、雪は降って欲しいが、除雪は大変。毎年、今時期、板挟み?状態になっている。
写真は、麓郷市街の入り口。
今までも何回も撮っているが、今朝通りがかったら、林の間から太陽がのぞいていた。
写真は林と太陽のアングルを通り過ぎてからのもの。左側が真っ白になっているところが、太陽の光。
なんかいい感じだったので、戻らず、そのまま撮った。
この構図は、実は、30年ぐらい前に初めて撮った。昭和58年か、59年。
オフィスフラノを昭和58年に設立し、麓郷の森を昭和59年から始めている。その時期だったのは、間違いない。
なんで、言い切れるかというと、当時、北海タイムスの富良野支局長だった田中さんに、「風景写真は、こういうところを、こういう風に撮るといいよ」と、実際にこの場所で教えてもらったのを、ずっと憶えているからだ。
私は、曲がりなりにも、風景写真をそれなりに撮っているが、意識して風景写真を撮った最初の場所がここなのだ。
ここを通るたびに、思い出していたが、文章にするのは初めてだ。
今朝の太陽の神々(こうごう)しさが、そうさせたのかもしれない。
私は、色々な人に、色々なことを教えられて、今まで生きてこれたのだ。感謝、感謝です。
 

■ 富良野は大雪 by富良野のオダジー 2010年12月18日(土)

  54,972 byte今日の富良野は大雪。
朝から、みんなで除雪だ。
フォーラムフラノには、除雪車が来た。シーズン契約で、ある程度雪が積もった日に、朝、出動してくれる。もちろん、フォーラムフラノだけではなく、隣のお寿司屋さん、向かいのコミュニティセンターなど、ぐるっとまわっている。
今日みたいな日は、そこかしこに、色々な会社の除雪車が走っている。
まあ、おそらく、午前中には、富良野じゅうのお店の駐車場はきれいになっていると思う。
凄いね、機械の力(ちから)って。
でも、最近、ちょっと気が付いたのだが、機械を使えば、短時間で、除雪も、農業も、土木工事も、なんでも出来てしまう。
機械が無い時代であれば、すごく時間がかかったり、時間をかけても出来ないことがあったと思う。だけども、なんとか工夫してやっていたはずだ。
機械で便利になった分、どんな分野でも、なにごとでも、スピードアップし、結果として私たち人間が機械に追われるようになった。
機械が私たちを重労働から解放してくれ、“のんびり”“楽(らく)”に生活できれば良いのだが、むしろ急がされている。と、思う。
何をいいたいかと言うと、パソコンや携帯電話もそうだけど、便利になることと、幸せを感じることとは、リンクしていないということだ。
便利になる→スピードアップする→いつも何かに追われる→ゆとりの無い生活になる
ん?
だから、どうなんだ!
まあ、来年一年かけて、ゆとりのある生活(追われない生活)を送るために、色々考え、やってみようということだ。
ねっ。
 

■ 富良野は雪景色に by富良野のオダジー 2010年12月17日(金)

  33,543 byteなんと!
10日振りのワイワイ日記だ。
東京の出張があったり、戻ってきてからも、お客さんが来ていたり、まぁ、バタバタしている。
写真は、麓郷の富良野農場のさくらんぼ畑。昨日、撮影したもの。現在、こんな感じになっている。
今年はあまり実が生らなかったが、「来年は期待できる」と、プロの複数発言があるので、大いに期待している。
もう12月の半ばを過ぎたので、来年の話にも鬼は笑わないだろう。
いや、むしろ、来年の飛躍を念頭にした、来年の話は、鬼だって喜ぶはずだ。
とにかく、世の中の閉塞感は、富良野だって例外ではない。
特に、今日のように寒くなると、ますます心が萎える。明るく、明るく、考えましょう。
富良野プリンスホテルのスキー情報によると、12月15日に一部オープンし、明日も更にオープンのコースが増えるようだ。
スキー客のみなさんも、明日から、そろそろ沢山来てくれそうだ。
明るく、明るく、ねっ。ん?
 


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