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3月18日のワイワイ日記に、『まあ、この続きは「哀愁の町に霧が降るのだ (上)(下)」を読んだ後にします。』と書いて、(上)を読み終え、(下)を読み始めた。 「なんか変だなぁ〜」と思いながら読んでいたが、「やっぱり変だ!」と思い、インターネットで調べたら(中)があることが分かった。 (中)は無かった。どこかに紛れ込んでいるかもと思ったが、フト気付いた。「もしかしたら、売ってしまったのかも」と。 どうして売ってしまったと思ったのか。 それには悲しくもちょっとカンドー的な30歳の出来事があった(椎名誠風?)。 私がオフィスフラノを始めたのは昭和58年7月1日で、ちょうど30歳の時だった。「とりあえずは、観光とかアウトドアに関することをやろう」という恐ろしくあいまいなコンセプトでのスタートだった。なんと!店舗まで富良野市内に借りたのだ。 案の定、すぐに最初借りたお金は無くなった。とにかく“日銭”を稼がなくてはと、始めた一つが、「中古品大集合市」だった。 当時はメルカリどころか、リサイクルショップの名称だって世の中に浸透していない時代だった。中古店とか古物商とか言っていたような気がする。 その「中古品大集合市」で (中)を売ってしまったのかもと思ったのは、(上)(下)の裏表紙に中古品リストのための番号シールが貼ってあったからだ。(上)(下)は売れ残ったということだ。とうせなら3冊買ってくれれば良かったのにと思ったが、売れていたら今回再読することはなかったので、今となっては売れなくて良かったと思う。 上記の「富良野が好き! フラニスト物語」の中の「中古品大集合市」に書いた一部を下記に抜粋します。
感慨深いのにはもう一つの理由がある。それは、この中古市にぼくの唯一の大切な宝物だったジャズのレコードを出して、売ってしまったからだ。一時期、ジャズだけが人生だった。働いたお金のほとんどをレコードに費やし、何年もかけてコツコツ集めたものだ。「青春」だった。そのレコードを売ってしまうということは、青春を売ることだった。商売とはそんな甘いものを寄せ付けないところで成り立っているのだ。 ぼくはこの時青春に別れを告げ、立派な商人になることを決心したのだった。ちょっとオーバーか。
(中)はアマゾンの中古品で買うことが出来た。新刊発売と同じ昭和57年の10月なのにすでに第14刷になっている。これだけ見ても当時の椎名誠の人気が如何に凄まじかったか分かる。おそらく“社会現象”になっていたと思う(いい時代に青春を送れたことに感謝だ!)。 この続きは今読んでいる(下)を読み終えたら書くことにします。 |
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